≪YSさんの2ワークヒプノセラピーの体験感想文≫ |
私をなぜ母は捨てたのか、退行催眠で見たことと過去の確認をして☆きっかけ物心ついた時から何故か、人生には目的があると確信していた私でしたが、 主人の両親も、スピリチュアルな事柄を探求することの好きな人たちであって、関連した本や、情報には事欠かない環境にいました。 勧められた本の中に「魂の伴侶」があって、前世療法については少し知識があったことから、川島先生のHPにたどり着いた時には、何の迷いもなく、セラピーの予約をお願いしました。 ☆知りたいこと 私には、是非知りたい事がいくつかあったのです。 ひとつは自分の出生について。 生まれてすぐに両親に手放され、乳児院に預けられた、かわいそうな赤ちゃんの自分。 きっと深く傷ついている筈。 でも、なぜそんな両親を選んで、私は生まれてきたの? お母さんは私を望んでないのに産んだの? 誰かと仲よくなって楽しく会話していても、いつも心の中では、 (きっと私はいつかこの人につまらない人と思われる日が来る)と思ってしまう癖がありました。 前世療法では、記憶の中で問題の出来事のところに戻り、もう一度体験することで、 潜在意識に記憶された問題点を癒すことが出来ると聞いていたので、 もしかしたらこの癖は、出生の出来事に起因しているかもしれない、 と考えていたこともあり、とても期待して出かけたのでした。 ☆1ワーク目 カワシマ先生のお部屋は女性らしい、くつろげるお部屋で、始めに相談内容をお話しました。 先生はメモを取りながら、さりげなく私の問題を確かめようとしてくださいます。 そしてふたりで、今回私が確かめたい事柄をいくつかにまとめると、いよいよセラピーが始まりました。 始めに遠隔で私の気の状態を調べ、催眠に入りやすくしてくださったみたいです。 呼吸を整えるとき、おでこのところからも息をすったり吐いたりしてみて、 といわれてそのようにしてみると、不思議に頭にポッカリと穴が開いてスース-と呼吸が出来る感じがしました。 ここがチャクラといわれるところなのかと、後から思いました。 すぐに催眠状態に入ると、小学生の頃住んでいた家に帰りました。 家に帰ると母が内職をしています。 当時と同じように忙しそうで、遊んでと言ってみたけど、遊べないと断られます。 悲しくて涙がポロポロ流れてきました。 実際の小学生時代の私は、いつも状況を察して、我慢していました。 でも本当はさみしくてたまらなかったのです。 催眠状態では心が裸になっている感じで、感情のままに涙が出てくるような気がしました。 次は幼児の頃に住んでいた家に戻りました。 そしてそこで、インナーチャイルドを見つけました。 「さみしそうにしている?」と尋ねる先生の言葉に、その子の顔をよく見ると、 さみしそうというより、つまらなそう。 先生が「遊んであげようよ。」と言われるので、「どこに行きたい?」と聞くと、 「お祭り!」と答えます。 近くの神社のお祭りに出かけました。 私は小さな私を楽しませてあげようと遊んであげるのですが、何故か先生はそばで、 「つまらないって言ってるのは、自分なのよ。自分のこと後回しにしないで、 ちゃんとやってあげなきゃ。」とおっしゃっています。 (あー、そうだ、インナーチャイルドも私自身なんだった!)と気づきました。 そのあと、「それじゃ、大いなる存在に会いに行こう。」ということになりました。 (いよいよだ!)ととてもワクワク。どんな人なんだろう。何をおしえてくれるんだろう。ワクワク! 大いなる存在がいると思われる建物は、ローマ神殿のような白い建物でした。 そこに藤村俊二さんが立って、執事のような格好で、こちらですって、案内をしてくれました。 (なんで藤村俊二さん!?) ところが、行く先はふわっと消えて、何も見えない。 「大いなる存在は留守なのか聞いてみて。」と先生。 私が訪ねると「今はいない」という答え。 それでは、午前中はこれまでにして、続きは午後にしましょうということで、休憩になりました。 「どうして見えなくなったのかな?」と私がいうと 「何か、大いなる存在に会うことに不安がある?それかまだ会う段階でないのかもしれないね。」 と先生。 ☆1ワーク目 お昼は近くの定食屋さんでいただいて、午後はいよいよ、もっと小さい頃に戻ってみることになりました。 まず昔住んでいた家に、インナーチャイルドを迎えに行きました。 先生が心配していたことは、インナーチャイルドの中には、つらいとか、悲しいとかいうのを我慢していて言わない子がいるのですが、私のインナーチャイルドもそうではないかということでした。 迎えにいってその子が出るとすぐに尋ねてみました。 でも何故かその子は、午前中とは違って元気でニコニコして、本当にさみしくなんかないと、私に伝えてきました。(声は聞こえません。そう感じるのです。) それで安心して、セラピーを続けました。 それから先生の誘導で、私は母の胎内に戻りました。温かくて、安心できる感じです。 上の方が明るく感じて、母の出産を待つ喜びが伝わってきました。 「お母さん、何を考えてる?おなかの中にいるんだから、わかるでしょ?」と 先生が尋ね終わる前に私にはわかっていました。 母は、私の誕生をとても楽しみにしていたのです。 どんな事情があろうとわが子を手放すなんてと、養母は実母を非難することしかしませんでしたし、自分も母になり、やっぱり実母の気持ちは理解しがたいものでした。でも母は若すぎたのです。 おまけに、次に生まれたばかりの時に戻った私は、実父が私の誕生をわずらわしく思っていたこともわかってしまったのです。 父は「僕は子供なんて欲しくなかった」と思っていました。 私の出産後すぐ、二人は離婚しました。 イメージの中で母の兄は、若い母に「父親は無責任な人で家に戻らない。 お前一人が苦労することはない」と怒って、私を実父の家へ押し付けたのです。 その時母は「ごめんね、ごめんね」と何度も泣きながら私に謝っていました。 (母は手放したくなかったんだ。) それが分かると、私は状況の悲しさよりも、嬉しさでまた涙があふれました。 先生は、私の話を聞きながら、 「あなたは悪くない。大人の事情で苦労をさせられて。お父さんは本当にしょうがない人だよね。 なんか言ってやりたいことは?」 私の気持ちは本当にその時に戻っていました。 そして言ってやりました。 「ばかっ!ばかっ!おとうさんのばかっ!」 「殴ってやれば!」という先生の言葉に、 私は実際には見たこともない父を目の前に立たせて、両手をグーにして思いっきり4、5発殴りました。 その時は大人のグーで殴りましたよ! 父は後ろに思いっきり吹っ飛んで消えてしまいました。 母の思いを知り、私は母をゆるしてあげてもいいと思えました。 父の愛も去り、本当に心細くて悲しかったはず。 その上、強い兄に怒られて、母は「それでも、一人で育てる」と言えなかったのではないのでしょうか。 小さな私は、ますます元気で楽しそうにしています。 その子と一緒に、また大いなる存在に会いにいくことにしました。 今度こそは会えるでしょうか? お花畑をぬけると古い農家の茅葺屋根の家があります。 「午前中と違う家だ。」 中に入ると、囲炉裏があって、囲炉裏端に小さいおばあちゃんがちょんぼりと座っています。 小さい私は自分のおばあちゃんの様にかけよって、おばあちゃんのひざに乗り、手足をばたばたさせて喜んでしました。 「あなたが大いなる存在ですか?」と聞くと 「そうだよ。」というように、うなずきほほえんでいます。 ずっとこちらをみることはないのですが、思っていることが分かります。 そしていくつかのことを質問していきました。 「インナーチャイルドは思っていたよりも傷ついてなかった。小さい私が傷ついたことがトラウマになっているのではという心配は必要なかったことが分かりました。では、私は出生のいきさつをしらなくても良かったの?」 この質問が、私にとってとても重要な答えを出してくれました。 おばあちゃんははっきりと言いました。 「知らなければならなかった!」 「さみしい思いをしたことを絶対忘れてはいけないよ。よく考えなさい。」 そして先生がフォローしてくださいました。 「あー、そうか。あなたにはさみしさを愛に変えるということを学ぶ為に、このカルマがあったんだね。」 (そうなんだよ!やっと分かったね!)と、おばあちゃんと私のインナーチャイルドが笑っていました。 強い子だった私のインナーチャイルドは、ひとりぼっちの寂しさを乗り越えてますます強くなっていて、想像でセンチメンタルになって、いくじなしになってしまった今の私をからかうように、笑っているのです。私はその子が愛おしくなって、思わずぎゅっと抱きしめました。 5歳になる末の娘を抱く時と同じ感触がありました。 私には、そのカルマを乗り越えたことで、現在の幸せな家庭があって、そしてその家庭を大切にすることが、今一番大切なことなのだと、おばあちゃんが教えてくれました。 だから、もうこれ以上過去のことを知る必要はないよ、ということでセラピーを終わろうということになりました。 すると私は、空高く飛んでいて、地上がとても小さく見えていました。 すごいスピードで、地平線が縦になったり斜めになったり。 胸がドキドキしてきます。 まわりには、小さくちぎれた雲が一緒に飛んでいて、よく見るとそれは天使のような羽の形があって、もしかしたら、本当に天使だったのかも。。。 「さあ、もう帰りましょう。」と先生が呼ぶので、また昔住んでいた家に小さな私を連れて戻りました。 「ばいばい!」と私がいうと「大丈夫?すぐ落ち込むんだから!」と小さな私が笑っていいます。 「大丈夫だよ、ホントに、大丈夫だってば!」 そしてセラピーを終わりました。 ☆セラピーを終えて ‥過去の確認 私が自分が養女だと知ったのは、17歳の時、偶然でした。 養母の道具箱の中から母子手帳をみつけました。 何気なく表紙をめくり、母の記名を見ると、「んっ?これは誰の名前?」。 まったく知らない名前がそこにあるのです。 次の瞬間は頭の中が真っ白、膝カックンで、その場に座り込んだのを覚えています。 自分の実母ってどんな人? 今となっては高校生によく探し出せたと思いますが、実母に会うことが出来ました。 でもそれを知った養母が逆上して「二度と会わないで」と実母に話し、 その後私もことあるごとに「血がつながってないから、」と言われ、 母子家庭であっただけにその孤独感はいいようもない辛いものでした。 会うなといわれて、実母は自分からはまったく連絡をしてこなくなりました。 でも私が結婚した後ふとしたことで、また連絡をとることができるようになり、メール交換をできる状況になりました。 退行催眠を初めて経験した後、多くの方もそうだと思いますが、 私もその時知ったことを確かめてみたくなりました。 母はあまり詳しく話したがらず、父との思い出は嫌なことばかりだから、こんなやりとりはやめませんかといいました。 でも、私と一緒にすごした母の時間は全てが私のものだった、愛していたのだと。 そして一連の出来事を不可抗力だったというような印象の話をしていました。 色々な出来事を自分は被害者のように話すところは少しひっかかりましたが、 催眠中知ったことは、事実であったようでした。 ☆セラピーを終えて‥学んだこと 大いなる存在に、「知らなければならなかった!(出生後の出来事について)」と教えられて、私は、生まれる前からひとつの愛のかたちを学ぶ為にこの両親に生まれてきたと実感し、母がどんなことをしても私を手放さないほどの愛情をもってくれなかったことや親族の誰一人として私を引き取ってくれなかったことを嘆いていたことが、無意味だったと思いました。 母を許すも、許さないもない、母はその役目を引き受けてくれたのだ、と。 そして、すべてのことが何かを学ぶために起こっているし、正しいとか、 間違っているとか言うことは、その人の主観であるだけなのではないかと感じました。(勿論、犯罪行為や人を傷つけることはいけないことです。ただ、人それぞれの考え方についてのお話です。)そう思えば、もし、意見の合わない人がいて、 一緒にいることでストレスを感じるような場面でも、その人をどうにかしたいと思ったり、その人に合わせようと無理をするのではなくて、客観的な見方で何かを学ぶことが出来る、そういうスタンスでいることがポジティブにやっていけるコツとも言えるかもしれないなと思えるのです。 ☆ところが、次の課題が。。 こんな風に他人との関わり方や、人生の学びのことについて学んだ私ですが、 母との最後のやり取りの中から、また新しい課題が生まれてしまいました。 母は私との出来事の後、再婚し別の家庭を持ちました。 ところがその後10年もたたないうちに又、小さな妹たちのいるその家庭を捨てて一人で家を去ったのです。 私は「なぜ平凡に生きる道を歩かなかったの」と質問しました。 すると母の答えは「妹たちの周りの人たちが関わることは話したくありません。」 とのことでした。 母の考えを聞きたいと思っていたので、それが周りの人にふられたことで、 とても意外な感じがして、次には、私のことも妹たちとの家庭のことももしや、 全て人のせいにしていない?と思われました。 母にそのことを問い詰めて、もしそうなら、 「全てのことは自分で引き起こしたことではないの?どんな状況でも自分で選択することは出来た筈でしょ。」と言ってやりたくなってしまいました。 でも心の中でもう一人の自分が 「ちょっと待って、それを言ったところで、きっと打ち解けることはできないでしょ? それよりこのことで学べることは?」と引き止めるのです。 結局、今の私は、何か問題にぶつかった時まず感情を抑えることから始めなければならないのです。 ただ気づくだけではだめで、行動していかなければならない。 とても難しいことだと実感します。 ☆おまけ ヒプノセラピー中に大いなる存在に聞いたことのひとつに、潜在能力の開発のことがありました。 念力や透視能力は、大いなる存在に言わせると、 「あんなの誰にでもできるよ。私でもできるんだから。」ということでした。 (あなたは潜在意識にすんでるんだから当たり前!)でも、これから、 チャンスがあればもう一度開発してみたいと思っています。 というのは、小さい頃、少しだけ出来たことがあったのです。 それは中学1年生頃ですが、方位磁石の針を触らずにクルクルと回せたりしたのです。 指の先から何かが出ているというイメージをすると、小さな針がそれについてくるように動いたりしました。 透視実験などと言って、トランプの裏側のマークを当てたりするのも、面白半分にやっていましたが、じっと見つめているとカードの裏側がうっすらと透けて見えたりもしたものです。 マトリックスという映画をごらんになった方も多いと思いますが、 あの映画では現実世界と思っている世界は、本当は認識させられているだけの世界だというお話でした。 私には顕在意識がその認識の世界で、潜在意識は認識を外した世界のように思われるのですよね。 先に書いた事柄や、虫の知らせ、デジャブなどをわずかながらでも 体験したことがあるので、私は意識は次元を越えた時に、想像できることの全てを可能にできるのではないかと感じています。 (3次元でできることもあるけれど)勿論誰にでもです。 ![]() セッションのとき、私は空を飛んでいましたが、夢の中でも何度も飛んだことがあって、 どうしたら高く飛べるのかとか、コントロールの仕方も意識で変えることができたんですよね。 他の方の体験談でも空を飛んでいた方がいましたね。 人間はできないことは想像できないと聞いたことがあります。 現代は人間が変化している時代なのだとも。。。 潜在能力を小学校で開発する時間があったら、世界は変わってしまうでしょうね。 人々が潜在意識にもっと真剣に向き合ったら、人生をもっと大切に生きるようになるのではないでしょうか? ☆終わりに たった4時間の体験の後、私の意識は随分と変化しました。 これからもインナーチャイルドに笑われながら、きっと色々悩んで行くんだと思います。 でも、前よりも前向きにやっていけそうな気がします。 川島先生ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。 |
■■川島から一言■■ YSさん、体験感想文ありがとうございました。 ☆ 催眠療法と事実検証について ☆ YSさんがお書きいただいた通り、催眠状態では胎児の記憶があります。 多くの方が胎児期退行催眠をして胎児や赤ちゃんのころの記憶が出てくることがあります。 例えば自分では知らない手術の記憶や出産時の様子など、また自分(赤ちゃん)を取り上げた医師の顔などについて記憶していたりします。 潜在意識の中は叡智との遭遇と言えるかもしれませんね! ☆ YSさんのセラピーについて ☆ セラピーの中で、実のお父様に言ってやりたいことは?とYSさんに問いました。 YSさんは「ばかっ!ばかっ!おとうさんのばかっ!」と言っていただきました。 また、「殴ってやれば!」と私がYSさんに言ったことについてですが もし、YSさんに殴る気がないときは「できません」とおっしゃると思います。 YSさんが実際には見たこともない父を目の前に立たせて、両手をグーにして思いっきり殴ったことは、YSさんの怒りの感情の放出です。 催眠状態で怒りを出した場合は、潜在意識中の怒りの感情は放出され YSさんの潜在意識はとてもスッキリする!と思います。 ちょっと手荒いヒプノセラピーと思われる方もいらっしゃると思いましたので、説明させていただきました。 |
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