≪SAさんの自己改善7回コースの体験感想文≫

場面かんもくだった私。前世の秘密を知って学んだこと

私がヒプノセラピーと出会ったのは、以前に受けた“リーディング”がきっかけです。
ただの「占いの延長」として好奇心で始めた”リーディング”でしたが、
その時「セラピーを受けた方が良い」と予想外の言葉をかけられ、
ある課題を与えられたのです。それは、 ・母親とのカルマ解消 ・溜め込んだ感情を出すこと ・空っぽな自己愛、他者愛を満たすこと 以上の3点でした。


それまで自分の人生は順調に進んでいる、と思いこんでいた私は、 なんでだろう?という感じで、そう言われた理由がわかりませんでした。 しかしそこでのアドバイスのもと、セラピーを試してみることにしたのです。 なぜなら、自分だけの力で変わろうとするよりも、ヒプノセラピーを受けた方が早く 成果が得られそうだったし、さらにセラピストさんとの関係を通して、自分の欠点である他人への 信頼感の欠如も回復するのではと思ったからです。


数日間、インターネットでヒプノセラピーについての情報を探し、 その時選んだのが川島さんでした。 「この人にお願いしたい」と直感で思ったのです。 早速メールで相談し、気になっていた「レイキ」を受講した後、 自己改善7回コースを受けることにしました。 レイキのアチューメントのとき、やはり「愛」についてのメッセージが出ました。 川島さんから愛の気を送って頂いた時だけ、すごく苦しくなって、息が出来なくなってしまったのです。 不思議でした。これも私へのテーマだったのです。


ヒプノの初日に川島さんと今後の課題を相談しました。 目的はもちろん「愛」でしたが、川島さんと話をするうちに、 自分が見てこなかった、というより見ようとしなかったある部分に気付いたのです。 それは、自分が「場面かんもく」だったという事実です。


私は中学の頃からか、家族(特に母)と話すことが出来なくなってしまったのです。 なぜだかわかりません。外では大丈夫なのに、家の人とはダメなのです。 そのことで母は悩み泣いていましたが、それでも母と話すことは出来ませんでした。 それどころか、泣いている母を見て心でスッキリ感じている自分がいたのです。 その状態は、今なお続いています。 結婚し実家から離れても、帰省すると未だに何を話せばいいのか、 どう接していいのかわからないのです。 しかし、誰にも相談出来ませんでした。誰にもわかって貰えないと思ったからです。 「周りは普通に出来ていること。だから私が悪くて私だけがおかしい」 そう考えるうちに、その受け入れがたいことから逃げる為、 無意識的に考えることを止め、目をそむけるようになったのだと思います。


他にも、他人やさらにはダンナに対しても距離を置いて付き合っていること、 子供が嫌いで欲しいとは思えないこと、すぐに人を批判してしまうこと、 そのような思いがありました。 「愛」を求める一方で、自分から与えることが出来ないのです。 どう愛を表現していいのか、他人にどう接していいのか、分からないのです。 しかしこのように重要なことでさえも、川島さんから「いろいろ問題あるのではないの」と 言葉をかけられるまで気付きませんでした。



お話の後、早速ヒプノセラピーを始めました。 初日は3ワークです。 まず、インナーチャイルドの自分に会いました。 彼女はすごくしっかりしていた子でしたが、すごく悲しそうでした。 "一人ぼっちで寂しい"という気持ちがすごく伝わってきました。 それなのに彼女は「みんな忙しいから、寂しいって言っちゃいけない」と言っています。 その時、それは子供だったころの私が蓋をしていた感情だったと思い出しました。 他にも幼稚園に行きたくなかったこと、旅行に行く隣の子が羨ましかったこと、 他の子が出来ることを自分が出来なくて、嫌われたくないと心配していたことなど、 色々な思いが、涙と共に溢れて出てきました。


その後、コスモス畑でインナーチャイルドに会いました。 少し元気になった小さな私が一人でいました。川島さんが「遊んであげて」 と言うのですが、私はどう遊んであげたらいいのかわかりません。 「大好きだって言ってあげて」と言われても、私は「好きだ」と言えません。 普段から私はその気持ちを言葉にしたくても、出来ないのです。 でも、グッと勇気を出してなんとか言えました。少しホッとしました。 それなのにその子は、最初その言葉を疑っていました。 人の愛の言葉を素直に受け入れられない、大人びた子でした。


次にその子と一緒に石の建物に入りました。 入り口に案内のおじいさんがいたので「大いなる存在」に会えるか聞くと、 「まだ駄目だ」と言われました。会うためには、心が癒されてからでないと ダメだそうです。

次に、おじさんが行くべきドアを示してくれました。 扉を開け、足元を見ると私は裸足でした。 石の小さな家に入ると父がいました。とても痩せていたので、もしかしたら 病気かもしれません。母は家の外で水を汲んでいました。 貧乏な生活でした。笑っている姿は見えません。皆疲れています。 両親は働かなくてはならないので、私は小さい頃から家事をやっていました。 家族と生活の為に結婚もせずに、ひたすら働いていたのです。 私が両親を助けなければなりませんでした。そして母が死に、続いて父が死にました。 私は一人ぼっちになりました。一人ぼっちで寂しく死にました。 「でも、この時もしっかりしていたね」と川島さんに言われました。 なんて悲しい一生。自分の為でなく家族の為に生きた、辛い人生でした。 再び石の建物に入りました。 おじいさんも今度は、「大いなる存在」まで案内してくれました。


私の「大いなる存在」は王冠をし、白いヒゲの沢山あるサンタのような王様。 その王様に示してもらったドアを開けました。 今度は、白い靴を履いていました。私は男です。ヨーロッパの貴族のようでした。 父も母も厳しい人です。時代のせいもあるのかもしれません。 貴族として家柄に恥ずかしくないよう育てられました。 その時、感情を表さないことを覚えたのです。両親に抱きしめられた記憶もありません。 私は自分より身分の低い女性と結婚しました。その身分の差から、彼女を見下しています。 子供が2人いますが、家族に愛情を表現することが出来ません。 方法を知らないのです。自分がしつけられたように接するしかありませんでした。 すると彼女は私といるのが辛くなったのか、子供をつれて家を出てしまいました。 私が傷つけたその彼女は、私の今の母でした。ここにカルマがあったのです。 私はまた一人で死にましたが、今度は見取ってくれた女中がいました。 彼女は実家の祖母だと思います。彼女だけが不器用な私を理解してくれました。 この時も私は、愛をどう表現するのか分かりませんでした。 その結果、また寂しく死んだのです。


大いなる存在のところに戻ると、次のドアを教えてくれました。 今度は、草履と足袋を履いています。黒髪を結い、綺麗な赤い着物を着てます。 日本人です。裕福な家にいます。でも私はこの家の本当の娘ではなく、 貧しい家に産まれたあと、母を無くしそこに引き取られたようです。 新しい母とは本当の親子のように仲良く暮らしています。 彼女は今の私の叔母さんです。さらに私には好きな人がいました。使用人です。 でもその気持ちを伝えることが出来ないまま、別の人と結婚し、使用人もまた 別の人と一緒になりました。私のダンナは大きな愛で包んでくれました。 今のダンナかもしれません。女の子が一人います。 普通の安定した人生でしたが、すごく幸せという感じではありませんでした。 内心では、「心から好きだった人と一緒になれたとしたら、こうはなれなかっただろう」と 思っていたからです。 使用人に気持ちを伝えられなかった事に後悔したまま死にました。


大いなる存在の元に戻ると、こう言われました。 「物事にはタイミングがあり、伝えるべき時に伝えないと後悔する」 現実に戻ったら川島さんが、「潜在意識がいろいろと教えてくれたね!」と言いました。 潜在意識は小さな自分と大いなる存在というイメージを通して私にいろいろと教えてくれました。 潜在意識は本当に凄く、やっぱり潜在意識は私の味方なんだと思いました。 その日は、疲れた体を癒す為、川島さんにヒーリングをして頂き 大分スッキリしたところで終わりとしました。



翌週、二回目のセラピーをしました。今回は2ワークでお願いしました。 セラピーの前に、川島さんとこの前のセラピーの意味を復習しました。 その後、前回見た過去で今回も見る必要がある場所があれば、 そこをもう少し深く探ってみましょうということになりました。 催眠状態に入ると、子供の私と大いなる存在の元に行きました。 大いなる存在の指差す方に行くと、日本人の私の姿が見えます。 そう、先週最後に見た場面です。 川島さんの誘導のもと、もう一度詳しく見ました。


私は初婚ですが、ダンナは年上で再婚のようです。人の紹介で結婚しました。 2人の間の女の子は、私の生んだ子ではありません。 ダンナと先妻との間に出来た子供です。その子はかわいいのですが、 愛しいという感情はありません。ただ、お人形のようにかわいい子というだけで、 深く愛するような気持ちは持てず、子供と打ち解けることは出来ませんでした。 私は結婚してからも、好きだった人のことを思い出しています。 優しいダンナやかわいい子供がいて、生活も安定しているのに。 その生活に不満があるのではありません。でも、時々思い出すのです。 ダンナはその事を気付いていたかもしれません。 彼は死ぬ時「ごめんね、満足させてあげられなくて悪かったね」と言いました。 ダンナが死んだ後、既にお嫁に行っていた子供とは余計会わなくなりました。 彼女とは最後まで分かりあうことはありませんでした。


大いなる存在に再び会い、この人生で学ぶべきことを聞きました。 「幸せになること。幸せになれる状況だったのに自分で壊してしまった」 私は、"そこそこの幸せ"でよしとしてしまったのです。 過去を引きずらずに区切りをつけていれば、もっともっと幸せな人生が送れるはずでした。 私はそのチャンスを逃してしまったのです。


まだありました。 私は今のダンナと結婚する前、長く付き合った人がいたのです。 20歳も年上で、別れた奥さんとの間に子供が二人いました。 そのまま付き合っていくのを、家族をはじめ誰一人賛成しません。 もちろん自分でもわかっていました。 そんな風にずるずると付き合っている状況で、今のダンナと知り合いました。 結局私はダンナを選び結婚しました。安定した幸せです。 私は前と同じ事を繰り返すところでした。 またダンナとのすき間の中に、別れた人を思い出していました。 それは未練ではなく、自分で終わりにしていないだけのです。


今度こそ"そこそこ"ではなく"すごく幸せ"になるチャンス。 そのために必要なことを大いなる存在に聞きました。 「感情をもっと出すこと、終ったことは引きずらないこと」でした。 川島さんと"感情を出すこと"について話しました。私は今まで 「感情はあまり表に出さない方がいいのではないか」と思っていたので、そう伝えました。 すると、川島さんは、「感情は溜めないで出したほうがいい。すべて出してしまえばスッキリするから」と と教えてくれました。 「そうだったのか〜」と納得。頭に来ることがあっても、吐き出してしまえば そのイライラは消えますもんね。



午後のセラピーは、カウンセリングからスタートしました。 今回の目的はまず、インナーチャイルドに母のこと好きなのか、 どうして"場面かんもく"になったのか知ること。 それから、どうして子供が嫌いなのか、原因を知ること。 (正直、子供は嫌いでも別に困らないな〜と思っていましたが) この2点がテーマです。


セラピーをはじめると、小さな私に会いました。 その子は最初より大分元気になってきました。 「お母さんとの楽しい思い出が見える?」と川島さんに誘導され、 クッキーを作ってあげたこと、一緒に寝ていたことを思い出しました。 その先を見たら、いつの間にかひいおばあちゃんと寝ていました。 どうしてひいおばあちゃんのところにいるんだろう? それは、お母さんがいつも「今忙しいから・・・」と言うからです。 私はその言葉で自分が拒絶されているように感じていました。 それが辛いと感じるうち、自分を傷つけない為に 今度はこちらからお母さんを拒絶するようになったのです。


川島さんに「お母さんのこと好き?」と聞かれました。 私は少し考えた後「好き」と答えました。 私は普段、同じ事を聞かれると「好きじゃない」と答えていました。 でも、本当はお母さんを好きだったんだとその時知りました。

大いなる存在の元に戻り、小さな私を預けました。 大いなる存在に「どうしたら子供が好きになるのでしょうか」と聞きました。 答えは「ダンナを受け入れること、許すこと。」そう言われました。 「許すこと?」自分ではどういうことかわかりませんでした。わからないまま、 次に示されたところに向かいました。


今回は前と違ってなかなか映像が見えません。 しばらくすると、やっと女の人の姿が見えました。 周りは真っ暗です。するとその人が5才に戻りました。それは、私自身だったのです。 しばらく周りが見えません。その時、ゆっくり言葉が浮かんできました。 私はお父さんと二人暮らしをしています。とても仲良しです。お母さんの姿は見えません。 お父さんは優しくユーモアがあり一緒にいてとても楽しい人です。 だから寂しくありません。彼は今の私の父です。

先に進みました。私は結婚しています。ダンナはどことなくお父さんと似ています。 優しくユーモアがあって楽しい人。だから選んだのかもしれません。 彼は今の私のダンナです。結婚した時、お父さんは私達と一緒には暮らしませんでした。 私の幸せを見守るため、子離れしたのです。 しかし、私は親離れ出来ませんでした。お父さんが大好きだったのです。 そんな私をダンナは責めました。彼はもっと私に自分を見て欲しいのです。


男の子が産まれました。とてもかわいい子で大好きです。 子供をこんなに愛しいと思ったのは産まれて初めてです。 しかし、この時も私はお父さんと会っていて、ダンナはそれが気に入りません。 だから、内緒で会うようになりました。しかし、長くは続きません。 ダンナにばれてしまったのです。彼は非常に怒りました。 すると、私の小さな息子が「みんなが仲良くないのは僕のせい? 僕が産まれてきたから悪いの?」と言って泣きだしました。すごく優しい子です。

その先を見ました。なかなか見えません。 すると、小さな息子が亡くなってしまった場面に行きました。 「僕のせい」と自分自身を責めながら死んでいきました。 これほど辛いと思ったことはありませんでした。一番大切な息子がいないのです。 子供を失った親の気持ちはこういうものなんだと思いました。 それなのに、ダンナは「お前のせいだ」と私を責めるのです。 救いがありませんでした。私はそんなダンナを許せずに、 お父さんのところに戻りました。しかし、お父さんも自分を責めていました。

川島さんが「その男の子はまた自分のところに産まれるのと思う?」と聞きました。 わかるはずないのに、私は「産まれない。彼は自分の役目を終えたから、 違う場所で幸せに暮らしてる」と答えていました。

この催眠はそれまで以上にすごく深いものでした。 私は子供が嫌いではなく、また失うのが怖いから避けていたんだと分かりました。 川島さんが「子供が幼くて死んだのは、家族を仲良くさせるため」と教えてくれました。 しかし、彼の死後も私達が仲良くなることはありませんでした。 息子の望みは"家族が向き合うこと"だったのに。 私達はまだその時のカルマが取れていません。 その時、最初に大いなる存在が教えてくれた「ダンナを許すこと、受け入れること」の 意味がわかりました。


私もお父さんもダンナも誰も悪くはないのです。 ただお互いにちゃんと向き合って理解しようとしなかったのです。 今、現実の私の家族は、父親、娘、ダンナという同じ状況にいます。 そのカルマを取り、お互いを許さない限り、子供が産めないのだとわかりました。 余りにも深い心の傷でした。だから私はこの記憶にガッチリ蓋をして、 深いところにしまいこんでいたのです。それがセラピーを通してやっと表に出てきました。 これで私の傷もだいぶ癒されるはずです。 不思議なことに、今の父もダンナも昔と性格が似ています。 そっくりそのまま、生まれ変わったかのようです。息子だけがいません。 でも、彼はすごく幸せな生活を送っているはずです。 なぜかそれが私にはわかるのです。



最後のセラピーの日になりました。外の景色はすべてが新しく綺麗になったように見え、 世界が違って感じられました。 前回深い催眠を体験した為か、今回は非常に気楽に望むことが出来ました。 もうセラピーも終盤。終わりに近いのです。

催眠状態になるとすぐ、大いなる存在に会いに行きました。 久しぶりなのに、すぐに会うことができ早速行くべき方向を示してもらいました。 その方向に向かって歩く私。足元を見るとスニーカーが見えます。 場所は中学でした。


そこにいたのは仲の良かった友達です。 彼女とは中学1年の時に会い、すごく気の合った子でした。 そして、初めて自分から壁を作ってしまった相手だったことを思い出しました。 あの頃の私は、家でも孤独を感じていました。 そのせいで友達を失って1人になるのが怖かったのです。 そして、母を拒絶したように彼女に対しても自分から壁を作ったのです。 そうすることによって、自分を「友達を失って傷つくこと」から守ったつもりでした。 当然、彼女は私から離れていきました。自分からそう仕向けたのです。 その時の彼女に、どうすれば良かったのか聞きました。 彼女は「もっと心を開いて言いたいことを言って欲しかった」と言いました。


私はいつの人生でもいつの時でも同じことを繰り返しています。 「私は自分が好きじゃない」その時ポロっとその言葉が出ました。 大いなる存在の元に戻り、次の行き先を教えてもらいました。


すると、学校に上がる前の自分の姿に戻りました。 誰かにおんぶしてもらっています。親戚のお姉さんです。 とても楽しい。周りには他にもたくさんの親戚のお姉さんがいます。 皆、とても優しく構ってくれます。とても嬉しく気分がいい。 川島さんが「構ってもらいたかったんだ。そうしたら癒されたんだ」 そう言いました。そうです。私はもっと私を見て欲しかった。 私が存在していることを気付いて欲しかった。すごく寂しかった。 「私は自分が好きじゃない」自分が価値のないものに思えてたんだ。


大いなる存在にどうしたらいいのか相談しました。 "行動修正催眠"、それが答えでした。そこで、自分を好きになるように 川島さんに潜在意識の行動修正をしてもらいました。 どんな暗示をされたのかはあまり覚えていません。 やってもらっている間はとても気持ちがよく、眠っているようでした。 確かに意識はあります。セラピーの途中、郵便屋さんが来たのを覚えています。 しかし来たことはわかっても、体は何の反応もしませんでした。 こうして、6回目のセッションが終了。とてもスッキリしました。 川島さんによれば、よく覚えていなくてもいいそうです。 すべて潜在意識の深いところに行動修正暗示が残っているそうですから・・・。


昼食の後、最後のセラピーをしていただきました。 今回は大いなる存在と光の存在に会い、未来、仕事、使命について、 さらにその助けになるものを聞くことにしました。 今回は最初から深い催眠に入りました。凄く気持ちがいい。 ずっとこのままでいたいと思いました。時間もまったく気になりません。


大いなる存在に、光の存在に会えるか聞きました。 すると椅子の後方の階段を教えてもらいました。 階段を上ると一面、真っ白に輝いている世界が広がっていました。 真っ白に輝くおじいさんがいます。どうやら光の存在のようです。


まず、未来を見せてもらいました。 私は白い靴を履いています。病院のようなそこは、私の職場です。 ベッドには年配の方が数人いらっしゃり、色々な話をして私を笑わせてくれます。 とても楽しそうです。カレンダーを見ました。2004年8月。 今年の8月です。これは催眠状態ではなく、自分の想像なのではと思いました。 実は最近、急に介護の仕事につきたくなり、実際勉強をはじめたばかりだからです。 今、やっている仕事は「辞めてもいい」と言われました。 私は机に座っているより、何か人の為に動いてあげるような仕事の方がいいそうです。 そして使命は「人を愛し、愛されること。自然を愛すること」。 とても深い言葉でした。私は今の人生でも、終った人生でも、いつでも 愛が足りませんでした。その状態を救ってくれるのは「花」です。 切り取って飾っておく花ではなく、自然の中の花に囲まれることだそうです。 「それはつまり、リラックスすることかもね」と川島さんが言いました。 こうして、最後のセラピーが終りました。



セラピーを受けて、確かに私は変わりました。 母に対しての感情は、とても穏やかなものになっています。 今は普通に話もできるし、話を聞くことも出来ます。 ダンナに対しても愛情を感じることが多くなり、 他人に対する見方も優しくなりました。 前のように人を見下したり、出来ないことを責めることもなくなりました。 自分に対しても「それでいいんだよ〜。出来なくたっていいじゃん」と 寛大にもなれています。 仕事については、今までプライドが高くキャリア志向だった私が、 「人を思いやって、人の為に何かする仕事に就きたい」と それまでの仕事を辞めてホームヘルパーの資格取得の為に動き始めました。 今までは自分や他人の弱さを許せず、認めらませんでしたが、 「弱いからこそ助け合って、みんな一緒にいるんだ」と思えるようになりました。 まだ、頭ではわかっていても出来ないことはたくさんあります。 しかしだからこそ、これで終わりではなく、これからもっともっと良い自分になって、 いつの間にか出来なかったことを自然とやっている自分になりたいと思います。 そうなれるはずだと信じています。 これからは、もっともっとリラックスして自分を甘やかしたいと思います。 そのままの私で充分だし、たとえ間違った方向に向かいそうになっても 私の味方である潜在意識=大いなる存在が教えてくれるはずです。


最後に、これからセラピーを受けようと思っている方へ。


催眠状態はとても気持ちがいいです。まるで別の世界にいるようです。 意識もちゃんとあるし、自分で想像しているのかな?と思うほどです。 川島さんが過去や子供の頃を見せてくれるのではなく、 自分の中の自分が必要なところへ導いてくれるのです。 決して他人任せではなく、自分主導であるため操られることはありません。 潜在意識は自分の味方であり、見たものを素直に信じることができます。 川島さんは"通訳"のような感じで、見たものをわかりやすく教えて、サポートしてくれます。 私に素晴らしい変化が訪れ、生きているって幸せだな〜と感じられるようになった幸せを、 1人でも多くの人が得られますように・・・




川島から一言


SAさん、原稿ありがとうございました。
大変詳しく書かれておりまして解かりやすいと思います。
SAさんから原稿をお預かりしましてから数ヶ月が経ってしまいました。
メルマガ発行が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。

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