≪KKさんの自己改善7回コースの体験感想文≫

セラピーで自分自身を深く知り、、、慢性腎炎が完治した。

きっかけ

私は中学を卒業してから親元を離れ、計8年間寮生活や一人暮らしを経験しました。
一人暮らしを思い立った理由は、自分を試したかったこと、
そしてなりよりも親に自立した自分を見せて親の望むような「強い」自分を演じた
かったからです。
しかし私は親元を離れて一年で体調を崩し「腎臓炎」になってしまいました。
「強がり」で「幼かった」私はろくに病気に対しての治療も行わず、ただただ周りに
は強がっていました。
実際は不安で不安で、ただ立っていることさえつらかったのですが、、、、


大学を卒業し、病気のせいで就職活動においても、ものすごく差別されながらもな
んとか就職先を得ました。
しかし気がついてみれば私はなんと10年近くこの「腎臓炎」を患っていたのです。
「治さなければいけない」そう思った私はカウンセリング等いろいろな治療法を試みました。
効果は確かにあったもののどれも核心には至りませんでした。


そこで川島先生の「催眠療法」への門をたたきました。
出迎えた先生は想像とはかけ離れた非常に明るい現代的な女性でした。
先生の口から出た言葉は「絶対に治ります、腎臓ビンビンです」
自信に満ち溢れた言葉。なんでこんなに自信があるのだろう。こっちが面を食らって
しまいました。
でもそれは今までどの医者からも言ってもらえなかった、私が待ち焦がれた言葉だったのです。
うれしくて卒倒しそうになりました。
「やっと探しだすことができた」そう感じました。


一日目

カウンセリング
以前に受けた2ワークのヒプノセラピー、レイキアチューメントの感想を聞かれました。


ヒプノセラピー

セラピー後、長い間疎遠であった母、姉と心を割って話すことができました。
なぜか分かりませんがセラピー後、すんなりと話をすることができました。
それまではろくに話もしなかったのに。

レイキアチューメント
体が良い方向へ一新しました。
「気」の力にただ驚くばかりでした。
現在レイキはもう手放せません。

ヒプノセラピー

私は先生の誘導に従って大いなる存在に会いに行きました。
そして指し示す方向へ。
私は高校の制服を着ていました。
私は幼児体験ではまったく問題が無いのでいつも高校以降の場面に導かれます。
私は悲しそうでした。何をやっても足が地に付かない状態。
それは健康診断でひっかかり、「腎臓炎」と診断されてしまったから。
親に相談しても「絶対大丈夫」「甘えるな」そんな言葉しか返ってこない。
私は「どうして不安なの」とか「早く帰って来い」とか、そういう言葉を期待していたのに。
親は私に対して不満なのだろうか。親の期待にこたえるため、
親の望むような自立した人間を目指すため一生懸命やるけど全然不安が治まらない。
金銭的な負担をかけないように地方の国立大学への入学、厳しい部活、大変なバイト。
これだけやれば親も評価してくれるかな?でも不安が消えるどころか余計に増えるばかり。
病気の症状も悪化。私の病気の原因は心配しすぎること。
そして周りの期待に過度にこたえて自分を押さえ込むことです。
大いなる存在は心配しすぎることを止めること、もっと本当に自分のやりたいことを
やることを私に勧めました。


先生との何気ない会話の中で
私 「実は父は早くに父親を無くしまして、私に自分と同じように早く自立すること
を求めまして、、、」
先生 「父が大好きだから父の期待にこたえようとして無理したんじゃないかな」
私 「、、、、」
先生「究極の解決策は『私はあなたが大好きだからあなたも私を好きになって』とい
うことだね」
私 「はあ」
いつも厳しくて自分の非を決して認めない傲慢な父のことは大嫌いと思っていたの
に。
そんなことありえるのかな?


午後 
カウンセリング

私の交友関係のあり方を聞かれました。
先生は私の閉鎖的な性格を見抜いていたようです。
私は長年の寮生活で常に周りがライバルに囲まれていて、
決して周りの友人に弱みを見せることができなかったこと、
いろいろな場所に移り住んだために常に自分に対して
「よそ者」としての後ろめたさがあったことを話しました。
本当の自分を見せること、弱みを見せること=いけないことと決め付けてしまっていたのです。
そのことを伝えると、先生の反論が始まりました。


「弱さを見せられるということは強いということ、最後に勝つのは弱さを
見せられることができる人だ。
弱さを見せることができない人は周りから過度の期待を受け、病気になって早死にする。
弱みを見せることによって他人からの期待、攻撃、いじめに対して防御ができるようになる。
結局地球上で最後に生き残るのはミミズなんだよ、一番強いとされる人間は戦争で
真っ先に死ぬんだよ。」


私の今までの生き方を真っ向から否定する指摘でした。
自分は今まですぐにみんなの前で愚痴をはく人、弱みを見せる人を見下していたのです。
でもそうやって自分は体を壊しているのだからその通りですよね。
どうやら私は今まで自分で作った独りよがりの脚本を必死に演じていたようです。


ヒプノセラピー

大いなる存在は私を今度は予備校時代へ導きました。
私はへとへとでした。立っているのもつらい。そんな自分がいました。
「何でそんなに無理しているのかな」
そう問いかけたところ大いなる存在はこう分析しました。
「他人の良い評価ばかりを気にしている。そして何よりも親の評価を気にし、求めている。
親に認めてもらいたいために自分の欲望を全否定している。」
「なんでそんなに親に評価してもらいたいのかな?」
「答えは簡単、親(父親)が大好きだから、父親はとにかく強い、自分も父親のよう
に強くなりたかった!だから!」
「でもそうやって無理ばかりしていたらよくならないよ、どうしたらいいかな?」
「自分で考えて自分のやりたいことを自分で決め自分で実行すること。
それこそが自分の目指す強い父親の姿であり、それができたら自分に自信を持つことができるし
父親も必ず評価してくれる。」
ごちゃごちゃになっていた思念が一瞬にして整理された瞬間でした。
どこにこんな冷静な自分がいたのか、自分で自分に驚かせられます。





2日目

私は先生に以前のセラピーの感想を報告。
潜在意識と顕在意識の違い。
それを埋めることが最高の安心をもたらすということがわかったということを報告しました。

ヒプノセラピー


私は予備校生でした。周りは予備校の教室。私の人生の中で高校時代、
予備校時代は時間的にはあっという間に過ぎたのですが、人生の中の悩み、苦しみの
90%以上が凝縮された時です。
そこからさらに5歳の私へ。家に帰るとやはり父が私に背を向けてどっしりと座って
待っています。母は台所で夕飯の支度。
「その子は父が好きかな?」
その質問にインナーチャイルドは「大好きだけど怖い」と答えました。
父はものすごく気性があらく私は父によく怒られたからです。
「父本人どうなの、本当に強いの?」
「本当はものすごく弱いけど、強くなければいけないと常々感じている。」
「本当は弱いんだ、自分が弱いからあなたに強くなってほしかったんじゃないかな?
なぜそんなに厳しいのかな?」
「私に強く育ってほしいから、」
「なぜ強くなることをあなたに望むの?」
その答えは衝撃的でした。
「祖父はアル中で家庭内暴力がひどく父はそんな中でじっと自分の親を嫌悪しながら
自分に強くならなければいけないと必要性に迫られて日々必死に生活し育ってきたから、」
「そうか!だからあなたの父は今のあなたとの関係がもどかしいんだ。
父は親から愛されなかった。だからいざ自分が親になってもあなたへの接し方がわからない。
どうやって愛したらいいかわからない。
そして昔大嫌いだったアル中の父と、息子とうまく行っていない今の自分がだぶるんだ、
あなたに拒絶されている自分が許せないんだ。」
先生は私の父のもどかしさに泣いていました。


午前中の何気ない会話の中で
先生「最近泣いたことある?」
私 「いえ、まったく」
先生「泣ければ楽なのにね。
泣くことができるっていうことは自分を表現することができるって言うことだから!
自分をさらけ出せるっていうことだから!」

私は親と離れてから10年以上泣いたことがありません。
なぜ泣けないのか今まで何度も考えたことがありますが、
泣く=弱い と思いこみ、そんな弱い自分は父の期待にそぐわないと感じていたから
だったと今では理解できます。
でも実際は 泣ける=強くなれる が真実であったのです。
なるほど、だから人間は泣くのか。
なんか人間らしくない自分をあらためて再確認しました。


午後
ヒプノセラピー


今度は小学校5年生のときの自分に導かれました。
小学校のときの私は元気いっぱい。
思いっきりサッカーをやっていました。
練習は厳しかったのですが、それを一生懸命こなし、レギュラー目指してがんばっている
自分がいました。
インナーチャイルドも「人より厳しいことをやっている自分が大好きでそんな私を父も評価し
てくれている」といいました。
でも実際は、私は厳しいことではなくサッカーが大好きだったのです。
サッカーが大好きだから厳しい練習に耐えられたのです。
今までの私は厳しいことこそ、自分の目指すものでありその中にこそ本当の達成感、
快楽が存在すると思っていたのです。
でもそれは偽りの自分であり本当の私は厳しいことが大嫌いなのです。
とんだ取り違えをしてしまったものです。

その後今度は小学校2年生の私に導かれました。
そのころの私はみんなの前で発表しおどけて笑いを取っていてクラスの人気者でした。
きっとそれが本来の自分なのだな、と感じました。
「そのような自分に戻ることが解決法なんじゃないかな。
親ともおどけて笑いながら話せる自分に戻るためにはあとどのくらいの時間がかかりますか?」
「急には無理。少しずつ努力してあと3年はかかる」(3年か、長いなあ。)
「なぜ腎臓に症状がでたのかな?病気の理由を聞いて見ようよ。」
「それは私が心配ごとを自分で抱え込み、心配しすぎたから。
それと同時に親の期待にこたえようと必死に何でもがんばって無理をしたから。」
「そうか精神面と肉体面両方で腎臓に負担をかけてしまったんだね。
心配しすぎないためにはどうしたらいいかな?」
「今を生きること。過去のことを考えるのは時には必要だけど考えすぎはよくない。
今を楽観的に生きることが一番大切。現在と過去のバランスが大事。」
「じゃああなたにとって腎臓炎とは何だったのかな?」
「がんばりすぎる自分をストップさせるためのシグナル、、、」
私は今まで腎臓炎という病気が憎くて憎くて仕方が無かったのです。
でも潜在意識は知っていたのです。それが私に最良のシグナルであったことが。
私を守るために私自身が下したシグナル。なんかこの病気がいとおしく思えてきました。




3日目

カウンセリング

今日はもう3日目なので川島先生とも非常に打ち解けてきました。
7回ワ-クだとこういう利点があるのか。
もうセラピーも大詰め、わくわくしている自分がある中、部屋に入るとどうも気分が
落ち込みます。
それはここにくれば自分の内面を見られてしまう、という拒絶反応だったと思います。
自分は他人に自分の中身を見られることを極度に恐れます。
「何でかな?」
先生に言われても理由がわかりません。
今日は「不安」を取り除く、というテ-マだったのですがどうもその不安というのは
「自分を他人に知られるのがこわい」ということからくる「不安」のようです。


ヒプノセラピー

まず私は姉に会いに行きました。
姉に自分の症状を説明し、自分の気持ちを伝えました。
本当は家族のみんなといっぱい話したかったこと、悩みを聞いてほしかったこと。
姉は私の内面をしっかりと受け止め、その上で「絶対に治るよ!」といってくれました。
そうだ姉は私の一番の理解者だったんだ。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。
つぎに弟に会いに行きました。
弟に自分の本心を伝えました。
「今までまったく話さなかったけどそれはいつも家族と一緒のお前がうらやましかったから、、、
でも体ももう健康になったからお前とも家族とも昔みたいに話せそうだよ。」
私は弟に対して異常な嫉妬心があったのです。
うすうす感づいていましたがやはりそれを認めることは自分だけではできなかったのです。
その後自分の家に戻りました。
父母に今までの自分の気持ち、
「病気だったから今まで素直に話せなかった、でもものごい努力して時間はかかったけど
何とか克服できそうなんだ。」と伝えました。
母は泣いていました。
父は「よくがんばったな」とほめてくれました。
父はめったに人のことをほめないのですが、催眠の中でもほめてもらえればうれしいものです。


その後、大いなる存在のもとへいき、ゆき場所を聞きましたが私にはもう行き場がありませんでした。
それは私が完全に過去を消化し後は自分で実践し、「幼さ」を脱却していくしか道が
無いことを意味しました。

午後
カウンセリング


「人生万事塞翁が馬」
先生がこの故事成語に対して熱く語りだしました。
私のセラピ-のために用意してくれたのかな?
物事には全て意味がある。陰と陽。今ある不幸はその後の幸福へ導くためのもの。
先生は自分の内面に耳を傾けるために耳が悪くなったと言いました。

「私は? 私はなんで腎臓炎になったの?」

私はなんでも無理しすぎる、がんばりすぎる自分をできるだけ早く気づかせるために
腎臓に症状が出た、
そうか!今考えれば本心からそれに気づくためには自分は腎臓が悪くなるしかなかった、
健康診断で何度も引っかかり、みんなの前で恥をかき、打ちのめされなかったら
自分はそんなこと絶対に認めることができなかった。
他の臓器じゃ全然意味無かったんだ。
腎臓炎じゃなきゃだめだったんだ。
きっと年を取ってからでは気づくのが遅すぎるからこんなに若くして私に試練を与えたんだ!
この世での私のテ−マに気がつきました。

そして私は先生に腎臓炎が治りつつある実感があるのに、
なかなかそれを信用できない、理解できない、病気を捨てきれない自分がいることを
伝えました。
「ほかになにかわかっていながらできないことってありますか?」

先生の問いに自分は外が寒いとわかっていながら厚着ができないということを伝えました。
「なぜかな?」「寒さなんか気にしないっていう強い自分を演じたいんだと思います。
あと昔父に薄着をして体を鍛えろって言われまして」

「あなたはファザコンですね」
「!!?」
先生の言葉にびっくりしました。
「今までの話を聞いていると異常に父主体の話が多すぎる。
あなたは病気だから家にいれる。父に甘えられる、そう思っているんです」
そういえば今の会社も父の勧めで受験した会社だ!!
催眠でインナ-チャイルドが家に戻っても一番に出迎えてくれるのは父だ。
父とケンカした後も必ず父の方から話し掛けてくれる父のやさしさに安心していたんだ。
病気の行く末も父の判断にゆだねたかったのでは?
私はファザコン?確かにそうかもしれない。
あれだけ嫌いで嫌いでしょうがない、同じ空気さえ吸いたくないと思っていた父に対して
私はコンプレックスを抱いていたんだ。

なんてこった。私は病気を捨てきれない根底にこんな「幼さ」を持っていたんだ。
「いつまでも親離れできていない人」
今までもっとも軽蔑してきたタイプの人間が自分自身だったとは。
親離れするために15歳で家を出たのに、結局は親離れできないまま年をとってしまったんだ。
とっても悲しい。今までの人生はいったいなんだったのか?なんでこんなに私を苦しめるのか?
「!!」
そうだ、私に気づかせるためだ。
私の無理しすぎて自分をぼろぼろにしてしまう本性を見越しての「模擬訓練」だったんだ。
「無理しすぎてしまう自分」に気づかずに「幼さ」を脱却し、大人になることを私は
自然と拒んだんだ。
だって仮に腎臓炎を経験しないで、過剰な自信と健康意識で社会に出ていたら私の行く末は?


カウンセリング

午後のカウンセリングでは前世に会いに行きました。私の前世は以下の3つ。
1、アメリカ 牧場の一軒家で父の帰りを待つ3歳の私。父は帰ってこない。
2、アメリカ 父が戦闘機で戦争に行くのを飛行場で見送る3歳の私。
3、アメリカ 自分の家族のために死んだ父を悲しむ3歳の私。
これは果たして本当に私の前世なのかわかりません。
ただの単なるイメージなのかもしれません。
ただひとついえることは一人前の大人になった自分を見ずにいなくなった、
またはいなくなろうとしている父へ対する執着心が伺えます。

私は一人前の大人になった自分を父に見せるため「幼さ」を脱却し大人にならなくて
はいけない。
そう強く感じました。

4日目

今日は最後の日。
以前のセラピーで自分が「ファザコン」であるという事実を突き付けられた私は
ショックはあったもののとてもすっきりしています。
この「ファザコン」という事実は自分だけでは絶対に分からない、
また心理学では絶対に見出せなかった私という人間の深い部分に根ざした病気の根本
原因だったのです。
7回ワークは非常に精神的にきつい部分もありましたが、
このことはこのセラピー以外では絶対に見出せなかったと思います。

 
ヒプノセラピー完結編

まず自分は大いなる存在に広くてとてもきれいな海の広がるビーチに導かれました。
横には私の彼女がいました。私たちの指には指輪が、どうやら新婚旅行のようです。
「あなたはいつ彼女と結婚しますか?」
「私は2005年5月に家を出て自立した生活をはじめます。でも彼女と結婚するかどう
かは分かりません。」
「最初は3年後に家をでるといっていたけど、ずいぶん早まりましたね。」
「体が完全によくなったので早まりました。」
自分で自分のパワーアップした潜在意識を強く感じます。
そうか、私はそれだけ回復してるんだ。
だってはじめて川島先生に会ったときに言われたように私の腎臓はもう「ビンビン」なのだから!
その後、私は光の存在に会いにいきました。
場所は家のベランダ。よく小さいころに親と夕涼みをしたベランダ。
「そこには誰がいますか?」
「父と母がいます」
「そうか、あなたの光の存在は両親なんだ。
すばらしいですね。両親を大切にしないとね、わがままも許してあげないとね。
だってあなたにとっての光の存在なのだから!」
父と母が光の存在?そうだよね、私は2人とも大好きだから、、、
最後に私はこれまでさんざん世話になった「インナーチャイルド」「大いなる存在」にお礼を
いってこの催眠から目覚めました。



このヒプノセラピ―で私は「インナーチャイルド」「大いなる存在」という2人の新しい力強いも
う一人の自分に出会いました。
「大いなる存在」にはいつも瞑想の時に遭っていますが「インナーチャイルド」にもまた会いたいな。
だって彼にはうそが無いし、本当の自分を見ている気がするから。
今過去のつらかった10年を思い返すと感慨深いものがあります。
苦しかったけどいろんな人に出会っていろんなことを学ぶことができました。
がんばって絶対にあきらめなかった自分に感謝。
そしてなによりも「絶対に治る!」といってくれた川島先生に感謝。
ありがとうございました。 


川島から一言


KKさん、原稿ありがとうございました。
そして健康になられて本当に良かったですヽ(`ー´)ノ

大変詳しく書かれておりまして解かりやすいと思います。
KKさんから原稿をお預かりしましてから数ヶ月が経ってしまいました。
発行が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。

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