≪HMさんのヒプノ感想文 〜1〜≫

ご両親との関係、そして前世療法。光の存在との出会い…

私は大学生当時にアダルトチルドレンという言葉を聞き、
自分もそれなんではないか?とかなり悩んだ時期がありました。
(これはお話するのを忘れていたんですけれど、父と私の関係がそうでないかと思ったためです。)

最近、親とのことで悩むことが多くなり、
それが元で人間関係がだめになっていってしまっているんではないかと、
自分同様、親を責めている部分がありました。

そのことが原因で、眠れない日があったり、
対人関係で消極的な日々を送っていたときに、川島さんのHPに巡り合い、
いっそのこと前世療法や、アダルトチルドレン療法で自分を変えられないかと思ったのが
ヒプノセラピー2ワークを申し込んだ理由です。
(その後自己改善7回コースに変更しました。)


◆1ワーク目◆

ヒプノセラピーの体験談を読むと、
みんなテレビの映像が目の前に繰り広げられているように書いてある・・・
それは本当なんだろうか?目を閉じたらみんなすぐに大いなる存在に会え、
また過去生を見ることで自己改善できる。ようなイメージと。
それは、その人の結果であって、自分で本当に同じ経験ができるとはとても思えない!
自分はちゃんとできるんだろうか?不安な自分がいるまま、川島さんの元に向かいました。


まずは、自分の現状を川島さんに説明しました。

1 自分の親との関係で悩んでいるということ。
特に父親とは性格が合わず、しょっちゅう喧嘩もしていたし、
兄弟の中でここまで怒られるのは自分だけだった。
自分だけが愛されていないのでは?家族の中で居場所がない。

2 人の評価がとても気になる。
誰でもそうかもしれないけれど、仕事でも自身が無く、
いつでも人と比較されて評価されているような気になり、
自分の居場所が本当にあるのか考え込んでしまう。
考え込むと、ちょっとしたパニック状態になり,仕事が手につかず、
気持ちを落ち着けることができないまま仕事も進まず、
それゆえマイナス思考から抜け出せない。

3 人として,ちゃんと生活できていない気がする。
人として,失格だと思ってしまっている。(他人の評価で,軽く扱われている。
私には、みんなひどいことを言って通り過ぎる。いってもいい人だと思っているため?
そんなことを言われる自分にますます自身がなく、自分を責めることしかできない)

4 異性に対しても自身が無いため、積極的になれない。
相手の目を、人の眼を気にして自分の気持ちを言うこともできないし、
相手の態度が少しでも悪いとすごく気にしすぎて普通に接することができなくて
よけいにギクシャクしてしまう。そして,また自分を責めてしまう。

5 家族が家族として機能していない気がする。
うちの両親を見て、結婚したいとあまり思えないと感じてしまった。

こんな現状なのですが、「どうすればいいでしょうか?」といった、
私のまとまりの無い話を熱心に聞いてくれた川島さんは私に、
『まず、反省しすぎないこと。反省するばかりでは人生は良くなっていきません。
自分はこれでいいのだと思うこと。
反省して自分を責めると、自分のエネルギーを使いすぎてしまう。
体も心も疲れてしまう。そうではなく、誉めて自分を育てていくことが重要なのですよ』
とおっしゃいました。

わかっているけれども、なかなか気持ちの奥底でそう思えない私は、
本当に自己を肯定していくことができるのかどうか、そのときとても不安でした。
不安そうな私に、川島さんは言葉を変え、
『イメージを変え、自分を肯定するとは“自分を信じること”“自分はできる!”と思うこと。』
と、いろいろ説明してくださいました。そして、ヒプノセラピーの説明を受け、
まずは気功ヒーリングとヒプノセラピーを行うことにしました。


☆ 気功ヒーリング ☆

まずは,気功ヒーリングで,体のエネルギーを整えてもらいました。
私の場合、首のところと、鼻のところに邪気がたまっているらしく、
その2箇所を重点的に行ってもらいました。
(整体にいっても、よく、首が詰まってる!といわれます。
鼻は、耳管が細いらしいせいかつまりやすく、風のときには耳鼻科系が悪くなるため、
なるほど!と納得)

「首のところからは、すごい邪気が出てるわよ〜!どんどん出てくる!
うーん、鼻のところもすごくたまってるわ〜」と、
手を当てながらヒーリングをしてもらいました。
正直ヒーリングは初めてでどんな感覚かうまく言えないのですが、
川島さんの手があたっているところの体の血液と空気が混ざってその部分で
対流しているような感じ…ワーンとした感じ?(ちょっと振動しているような?)でした。
びっくりしたのは、
ヒーリングが終わってからそれまで詰まっていた鼻の通りが良くなったことです。


☆ ヒプノセラピー ☆

私の場合は映像は断片的にしか見えず、
たまにイメージとしての図(絵)のようなものが見えるだけでした。
ほとんどは感覚で、テレビを見ているようでは全然無く、川島さんの言葉に対して、
ただそう感じるといったことがほとんどでした。

まず、私は懐かしい自分の実家に戻っていった。
古めかしい引き戸の玄関を空けて家に入ると母親がいて、祖母がいた。
川島さんに、「おうちには戻れたから、今度は小学校に行ってみようね」といわれ、
母と祖母に「ちょっと行ってきます」と言って家を後にした。

小学校に行き、一年生のクラスに入った。ちょうど夕方で友達は一人もいなくて、
一年の時の担任の先生が一人残っていた。先生は怒っても笑ってもいなかった。
私は、「今日はもう帰ります。さようなら」と自分のランドセルをしょって家に帰った。

家に帰って出てきたのはいつもやさしいおばちゃんで、
「おかえりなさい」と出迎えてくれた。
「お母さんは?」とたずねると、「今、洗濯物をとりこんでいなさるのよ」と。
そのうち母が洗濯物を取り終えて戻ってきて、私を見つけて「あら、おかえり」といった。

川島さんに「お母さん,わたしのこと好き?って聞いてみて。」といわれたので、
私「お母さん、わたしのこと好き?」と聞くと、
母「ええ、好きですよ」
私「ひざに乗ってもいい?」
母「いいわよ」

と母は私を抱き寄せて頭をずーっとなでてくれた。
(そういえば、小さいころは母はよくそうしてくれていたような気がする)
そのうち、父が帰ってきた。

私「おかえり」
と声をかけると
父「ただいま。先にお風呂にしようか」
といって、お風呂に入っていった。
父は仕事のことで帰って家族に当り散らすことがあったので、
父が帰ってきたときにどういう表情をしているかは、とても気になっていたが
その父は機嫌がいいようだった。
川島さんに「お父さんは機嫌がいいか聞いてみて?」といわれ、
私「お父さん今日は機嫌がいい?」と聞くと、

父「おお、いいよ」
とにこにこして父は言う。
川島さんに、「お父さん、もう機嫌悪くなっちゃいやよ。って言って」とうながされ
私「もう機嫌悪くならないで、私にあたらないで。私は本当につらいから。
機嫌がいいお父さんでいて!」というと、父は黙ったまま下を向いて考え込んでしまった。
私「本当につらいから。ね、機嫌がいいお父さんでいて!」
と何回かいうと、
父「そうだな。そうだったな。。。」

このとき、口に出して“ごめん”とは言えないけれど、父が心の中でそう感じていると感じた。
「じゃあ、お父さん許してあげようね」との川島さんの言葉に、いつしか泣きながら
私「お父さん、もう機嫌悪くならないでね。お父さんのこと許すからね。
私、お父さんのこと許すからね」と言えた。
そのあと、私は父のひざに乗りご飯を食べさせてもらった。
父はうれしそうだった。私もうれしかった…。

今度は、もっと小さいとき、家族で行ったプールの場面だった。
私と妹は母が作ったおそろいの赤のチェックの水着を着てる。
弟はみずしぶきにしかめ面。父は笑っている。母も楽しそうだった。
川島さんに、「家族での楽しい思い出あったね。」といわれ、そう言えば、そうだった。
家族がみんなで笑っていたときは確かにあったんだ。
懐かしさとともに、なんとも言えなくていてしまっていた。

そのあと、私はインナーチャイルドに会いにいった。
友達も全員帰ってしまった遊び場に残った彼女は、母親に切ってもらったおかっぱ頭で、
こちらを向いてうれしそうに笑っていた。
(私がそのとき思い出した,昔もっていた)黒のギンガムチェックのワンピース
(胸にお花の刺繍のある)を着ている。

「その子は笑っているの」と川島さんに告げると、
川島さんは、「そう。じゃあ、あなたのインナーチャイルドはあなたよりすごく元気なのね。
彼女は幸せなのね。」
そっか、今はいろいろ両親に対して考えすぎていたのかな。
小さいころの私は家族のことが大好きで、幸せだったんだ。
私「わたしのこと好き?」って聞くと、恥ずかしそうに
「うん,好き〜」
と答えてくれて、私は彼女をぎゅーっと抱きしめて「私も好きだよ」と言った。
わからないけれど、ただただうれしかった。


そのあと、私は彼女とお花畑に行った。
そこは近所の田んぼに咲く一面のれんげ畑で私も彼女と一緒に笑っていた。

川島さんに、「じゃあ、大いなる存在に会いに行こうか?」
と言われ、まわりに建物を探したけれど、実家のイメージが強すぎたのか、
実家近くにある高校の体育館しか見えない。
しかも、そこに行くと誰もいなくてシーンとしている。
なので、いつも遊んでいたその裏手の幼稚園に行く事にした。
年中組だったときの担任の先生がいるかどうか中に声をかけると、
笑った先生が出てきてくれた。
私はこの先生が大好きだった。

川島さんが「先生,私はどんな子?」って聞いて?というので聞くと、
「とっても良い子よ」と笑いながら答えてくれた。
川島さんが「先生は良い子だって言ってくれてるよ。あなたは良い子なのよ。」
と語りかけてくれ、また、うれしくて泣いてしまった。

そのあと、また前の体育館に行った。
なぜか、バレーボールの練習をしている女の人が出てきた。
「大いなる存在に合わせてください!」というと、その人は,知らない。
と言って奥にいるバレーボールのコーチを呼んできたが、彼女も知らないと言う。
そこで、今回はインナーチャイルドの私と一旦別れて、一回目のヒプノセラピーは終了した。


◆2ワーク目◆

お昼ご飯のときに、川島さんに自分を信じること!自分だったらできる!と思うこと。
そうすれば大いなる存在に会えるはずだから。
今さっき会えなかったのは自分自身で迷っているからよ。
といわれました。

わからないけれど、とにかく、大いなる存在に会いたい!と思ったとき。
何かのイメージが私の脳裏を掠めていました。綺麗な女性。女神?光に包まれている。

2回目の気功ヒーリングも首と鼻を中心に邪気を出してもらい、
あとは遠隔で気をとばしてもらい、体全体のエネルギーを調節してもらいました。
これでまた体がリラックスしやすくなった感じがしました。


☆ ヒプノセラピー ☆

もう一度インナーチャイルドに再会して今度もお花畑に行った。
今度は松虫草が一面に生えている所だった。白い大きな建物が見え、
その中に入ってみた。

執事のようなおじいさんが出てきて、大いなる存在のドアの前まで案内してくれた。
茶色の大きなドアを開くと、まばゆいほどの光があり、そこは大広間のようだった。
壁や天井は透けて空が見えるけれど、金色の唐草模様が入っている。
そこには薄いベールを頭にのせた美しい女の人が笑って長いすに座っていた。

「あなたは大いなる存在ですか?」ときくと。
「そうですよ」ととても穏やかな声で答えたくれた。
小さい私を座らせても良いですか?と聞くと、どうぞといって、
グレーのビロードでできた一人がけの椅子に彼女を座らせてくれた。
とても素敵な笑顔に見入っていると、
「あなたも同じように笑えるのよ。もっと笑っていなさい。(笑顔に)自信をもって」

うれしくて泣いていた。そうか、私はもっと笑っていようと、
彼女の言葉を聞いてうなずくのが精一杯だった。
「次にどこに行くべきでしょうか?」とたずねると、「空へ!」と。
川島さんが、「じゃあ、空を飛んでみましょう!」といわれるままに、
気がつくと空を飛んでいた。


そこで、私は過去生を見ることになった。
しばらくすると森が見え、そこに降りることにした。
足元を見てみるとサンダル履きでまだ子供の足だった。
時代背景はわからないけれど、11歳の少年で名前はテオだった。
自分のうちに帰ると母親が一人で食事の用意をしている。
家族は出かけていて留守だった。母の目を見ることはできなかった。
彼女はずーっとうつむいてジャガイモか何かの皮をむいていた。

18歳になり、町へ出稼ぎに出かけた。母親に楽をさせてあげるために。仕事のある町に。
しかし、母親は住みなれた土地を離れず、
そのうち自分も都会に生活の場所を見つけてしまい
田舎に帰らず、
そうこうしているうちに母は一人きりで田舎で死んでしまった。

私はとても後悔した。なぜもっといろいろしてあげられなかったのか。
一緒に暮らさなかったのか。とても後悔した。
私は死ぬときに家族に見守られて息を引き取った。
その最後の最後まで母のことが頭から離れなかった。
母が死ぬときに自分でも看取ってあげたかった。

もう一度大いなる存在に会い、「私がすべきことは何でしょうか?」と聞くと、
「もっと家族のつながりを大事にしなさい。家族を大事に思うこと。
これがあなたの根本となります。母親をもっと大事にしなさい。どこにいても、
彼女はあなたをとても大事に思っていますよ」
「今生では、母親との後悔を繰り返さないことが課題ですか?」と聞くと、
「それはそのひとつです。(ここで一瞬イメージがぼやけた)・・・・・」
「大丈夫だから。私はいつもあなたを見ているわ。あなたとともにあるわ。大丈夫。
こわくないから。がんばりましょうね。あなたはあなたのままで。とても素敵なのよ」
と大いなる存在は私にあやすようにさとすようにゆっくりゆっくり言い聞かせてくれた。
ただ、ただうれしく、涙があふれた。

つづき
NEXT >>

MENU
HOME
Copyright(c) 2001-2013 Counsering Kawashima All Rights Reserverd.