≪MRさんのヒプノセラピーの体験記です≫

なぜか仕事が続かない!セラピーを受けて気付いた、自分の生き方

はじめまして、こんにちは、みなさん。  
私がヒプノセラピーを受けて体験したことをここでお話したいと思います。
私は今、31歳の男です。高校卒業してからここまで、アルバイトを含め、たくさんの仕事をしてきました。しかし、どれも長続きしませんでした。


人間関係はどこへ就いても円満です。仕事もそこそここなせました。責任ある仕事を任されることが多かったです。
でも、ふと魔がさしたように「あ、仕事辞めよう」と、思うのです。
短い仕事で、4時間。長い仕事でも3年です。
私も、もう歳が歳ですし、なんで仕事が続けられないのか?と、悩んでいました。
今はおかげさまで無職です(笑)
悩んで職に就かずにいること、はや1年です。
ここまで、あっというまの時間の流れでした。


こりゃいかん。と、思ったんですね、きっと。  
自分のアンテナがピピピィとヒプノセラピーを探し出しました。  
「不安だけど、HPのみんなの不思議な体験談も読んだし、ひょっとしたら自分の原因もなにかわかるかもしれないし、受けてみよう」と、 行動を起こしました。  


はじめは、そりゃ不安です。
私は川島さんを知らないし、催眠療法も受けたことがなかったから。決めたのはいいものの、行って川島さんにお会いするまでは 、「なにをされるんだろ」と、気を抜けませんでした。
へんなもの買わされたらどうしよう、とか、やばい宗教で勧 誘されたらどうしようとか…、正直思いました(笑)
でも、まったく、心配は、なかったのです。
むしろ川島さんは優しい方でした。
アドバイスも的確にしてくださいますが、高慢ちきではなく(笑)、話しやすい庶民的な方でした。


川島さんとのおしゃべりの中で、私はたくさんの忘れていた子供時代の思い出が蘇りました。
「もう催眠かかってるんですか?」と尋ねましたら「まだですよ」とのこと。
無意識の私がもう、川島さんを信頼して、自分のことは話す気になっていたのかもしれません。
「このダメ男ちゃんをどうか助けてください」、って(笑)


すごくおかしかったのが、自分自身がマイナスに思いこんでるいることを、川島さんに指摘されると「うっ」と、ゲップがでてしまうことでした。
何度も、軽いゲップがでるので笑ってしまいました。
本当に不思議なんです。
自分が拒否していることは隠せないな〜と。
こうゆう形で出ているんだな、と、そう思いました。
顔が赤くなったり、手が冷えて汗ばんだり、いろいろなシグ ナルを表面に出して知らせているのですね、無意識の私自身が。


川島さんはさすがヒーラーです。
おだやかな会話の中でも、いろいろな問題を見抜いて今の私を気づかせてくれます。
人の言葉や態度の裏にある伝えたいことをよく理解されていると思いました。
私は単純で、ありのままに受け取ることが多く、それにひとりで傷つくことが多かったからです。
川島さんの言葉を聞くまでは、私はずっと被害意識のままだった気がします。
自分も訴えがあり、相手にも訴えがあるんだと言うことを知り、冷静に観察対処できる心を養いたいなと、そのとき思いました。
そうすれば、他の人への見方もかわるかな、と。


お話の後、いよいよ催眠療法を受ける運びとなりました。
この時も、まだ私は緊張していました。


期待感と不安でどきどきしていました。
いざ、催眠の世界へ入ると、どのみなさんもおっしゃるように、「あれ?自分催眠かかってるの?」と疑問な感じでした。
でも、視点を自分のイメージ(小説を読んだときに頭の中で考えるようなこと)の中へ向け、ぼんやりと見える感覚をひろい、それを川島さんへ伝えるようつとめました。


はじめは、川島さんの問いかけで子供のイメージの自分と話をするのが恥ずかしかったです。
だいの大人が横になり、明かりの落ちた室内で、独り言のようにしゃべるのですから。
でも、ここでそれを拒んだら今日なけなしのおこづかいはたいてきたのに、料金取られておわっちゃう〜よ〜、と頭をよぎりました(笑)
楽しまなきゃ損だと切り替えたら、自然と恥ずかしさもなくなりました。
なにせ自分を改善したくて受けにきたのです。
自問自答のような催眠治療ですが、これが大切なんだなって感じました。


自分にきかなきゃ自分がわからない。
川島さんが私を語ることはできないのです。
私が語り、川島さんへ伝え分析していただくことが大事なんだ、と。
ただの自問自答と違うのは、他人の冷静な目がはいることで 、改めて素直に己を知ることができるということと、ひとりでは消せないつらさを塗り替えるお手伝いをしてくれる人がいるという安心感がある、ということです。
ここからは私がイメージで見たことを記します。
お昼休みも間にはさみましたが、勢いで一気に書きますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


3歳時代の私はひとりで遊んでいました。  
両親は共働き、姉は幼稚園で家にはいないのです。
大好きな祖母も仕事でいません。
当時の家はぼろくて古いものでした。
天井はベニヤ板で長靴の足跡がありました。トイレも和式のボットン便所です。
私はこの家でひとり残されるのが怖かったのです。
家には父の弟である中学生で亡くなった叔父の写真が飾って ありました。
それも怖く思っていました。  


近所に幼馴染がいましたが、そこには歳の近い兄弟がおり、しそうでうらやましく思っていました。
私はいつのまにかひとりでいるのが平気な子になっていました。
川島さんにその子と話してみてといわれ、その子供時代の自分と会話しました。


その子は今の自分を「だらしがない」と、怒っていました。
「でも、かわいそう」とも言いました。
ううん、正確にはそう言ったように感じとったのです。
声が聞こえるわけではなかった、です。
でもそう言っていると感じとりました。


その子はひとりでも慣れているから平気といっていました。
「本当に平気?」と聞きなおすと、やっぱり寂しいようでし た。
幼なじみとたくさん遊びたがっていました。
ひとりはイヤだったようです。
自分はその子にいろいろな年齢の自分に会いに連れて行ってもらいました。
その子は今の自分なんかよりすごくしっかりとしている子で、ぐいぐい自分をひっぱります。
たちどまって進むのをしぶる私を、背中を押してでも光の方へ連れていこうとしてくれていました。


川島さんが「今の自分がダラダラした生活をしてるのがイヤなんだね」とアドバイスしてくれました。
確かに、今の自分は無職という甘い汁の中で好き放題だらけており、メリハリのない生活を送っています。
それがイヤだって思っては、ありました。
それを改めて子供の自分が伝えたかったようです。
先に進めっ、て。


今度は自分のトラウマを見に連れて行ってもらいました。
時間がたっているので、どうゆう順番で見たか思い出せません。
でも、見たことをすべて書き、しかも川島さんと一緒にマイナスイメージを塗り替えたこともここで記します。


まず昔の古い家に行きました。
私はここが嫌いな家だったので、子供の自分が行こうと手をひっぱって驚きました。
中にはいると、まず、川島さんが部屋のイメージを塗り替える作業をサポートしてくれました。
天井はペンキで白に塗り、窓にカーテンをかけ、畳に赤いジュウタン敷き、ぼっとん便所にはカーペットと音楽をかけ、落ちないように手すりもつけました。
でも突然恐怖を感じたのです。
仏壇の叔父がじっと見ているのです。それが怖くてたまりません。
川島さんは、それは霊的なことではなくてイメージとして無意識に残っているものだと教えてくれました。


「叔父さんに天国へ登ってもらい空から見守ってもらいましょう」と川島さんに促され、叔父を天に昇る階段へと案内しました。
最初なかなか叔父は階段へと登ってくれませんでしたが、やがて手を振ってあがってくれました。
叔父のあとに亡くなった祖母もでてきて、同じように天へと登ってもらいました。
死んだ人にお願い事をして、心にとどめちゃっていたのが原因のようです。
川島さんが、死んだ人にはただ「安らかに」だけを祈るだけにしましょうとおっしゃり、はい、と納得しました。


つぎに、近所のおばさんたちが出てきました。
子供の自分が 怒られ泣いています。
でも、ただ怒られているのではなく、叱られているのだとわかりました。
子供の自分はそれがわからず、怒られたことに泣いているようでした。
川島さんの誘導で、泣き虫な子供の私は叱っているおばさんたちへと近づき、そのまま抱きつきました。
おばさんたちはにっこり微笑んでくれました。


小学校2年の自分に会いました。
なぜかうつむいていました。
そのわけは、「担任の先生が自分をえこひいきしている」とみんなに言われ、哀しくなったようです。
でも、先生のことが好きなので、それでいいじゃない?特別でいいじゃない?ということを言うと、うなずいて納得しました。
小学校3年生の私が悔しがっていました。
得意な図工の成績が、唯一、3年生の時だけ通知表が下がっていたのです。
すべて最優秀の点数だっただけに、すごく悔しがっていました。
でも、評価は人それぞれだから仕方がないんだとその子は言っていました。
そこで、自分がいいと思えばいいんだよ、それでいいんだよ、というイメージに変え、安心感を植えつけました。


小学校4年の私が泣いていました。
児童会に推薦されて、それがイヤで泣いていました。
みんなはせっかく推薦したのにと、文句を言っていました。
先生は、泣くくらい嫌なのだからしょうがないとあきらめ顔でした。
でもイメージの書き換えで、私は進んで児童会に参加しました。
やればとても気持ちのよいものでした。


小学校5年の私が後悔していました。
学級委員をしており、全校イベントの七夕で仮想大会が行われていました。
私はみんなが作った派手な衣装が恥ずかしく、かってにふろ敷きのマントをし、作品を隠してみえないようにしてから舞台に上がってしまったのです。
みんなから「せっかく作ったのに」とせめられていました。
そこでまたイメージの書き換えをしました。
舞台の上でマントをとり、堂々と全校生徒にみんなが作ってくれた衣装を見せたのです。
やればとても気持ちのいいことでした。
みんなも喜んでいました。


小学校6年の自分が、ズルがバレタと、ひやひやしてました。
算数の計算ドリルをずるして答えを丸写しにしていたことが 先生にばれ、放課後のホームルームで、この中に「ずるをしているものがいる」と言われたからです。
このときも川島さんの力をかりて、「これからはちゃんと自分で問題を解きます。ごめんなさい」と謝り、許してもらうイメージに変えました。


中学生の自分に会いにいきました。
体が弱いことを理由に3年間部活のバスケに参加せず、みんなになにもいわずいつも帰っている自分がいました。
すごく憂鬱そうな顔をしていました。
でもそこでまた川島さんの手伝いを借りて、みんなと一緒にバスケをするイメージに書き換えました。
みんなと楽しくバスケをして、みんなも喜んでくれました。
自分はみんなと一緒に3年間がんばって部活をしたかったようです。


中学2年の自分が悩んでいました。
芸能界に入りたがっていました。
当時人気のあった光ゲンジなりたがっています。
でも、顔にニキビができ、肌もつるつるじゃなく、体も成長してゆく自分がイヤで落ち込んでいたのです。
ここで、その中学2年の私を連れて大いなる存在に会いにいこうと、川島さんに言われました。


川島さんの言葉に素直にしたがって、私は花畑をとおり、ひとつの洋風のお屋敷にはいりました。
迎えにでてきたのは背の低いノームのようなおばあさんでした。
マントをはおって顔だけのぞかせていました。
中にうながされはいり、室内を眺めると、まばゆくきらきらと光るステンドグラスのイメージがわきました。
そしてハッキリとその万華鏡のようにきれいなガラス細工が見えました。
青や紫や、金や、もう輝く光の細工でした。
そして、そこが教会みたいだと気づきました。
そこからイメージがぼんやりからはっきりとみえるようになりました。
その奥に、おおいなる存在はいました。


髪は金髪で短くカールしており、頭には花輪か月桂樹かなにかの冠をかぶっている女性でした。
長い白い布を巻いたようなドレスをまとい、脚の長く高い椅子にゆったりとすわり、ほほづえをつきながら、前髪姿でにっこり私たちを見下ろしていました。
その人に私は「どうしたらいいか?」と、尋ねました。
すると、なんで男なの?と聞かれました。
川島さんに「体は男で魂は女としてうまれてきたかどうか尋ねてみて」といわれ聞きました。
でも明確な答えはかえってこないで、ただ微笑んでいました。
それでも何回か尋ねてみました。


すると、その女性は両方の手のひらを合わせるようにし、その間にうずまくまばゆい光の玉を作り出しました。
中をのぞくと、小人のような、王様かなにかいました。
見つめていると光の玉が光の柱へと変わりやがてピンクの長いさらさらの髪をもつ羽のはえたかわいい女の子の妖精がでてきました。
すると、隣にいた中2の私の体が二つにさけだしました。
中から出たがっている光が見えました。
今度は大いなる存在の後ろに輝いていた丸いステンドグラスが私の足元へ 移動して、私のまわりをろうそくの炎が囲みました。
中央には、包帯で巻かれた腐った死体が棺に納められていました。
その中へ妖精が入いろうとしていました。
「私がこの中へ入らないと動かないから仕方がないの」と、言っていました。
そしてまわりの建物のイメージがろうそくの火で燃え出し、すべて消え、私を違う場所へと運びました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私は教会で祈りを捧げている修道女でした。
言葉はやはり声では聴きとれません。
感覚でそう言っていると、伝わってきます。
どこか外国のようです。
私は石造のマリア様を見つめていました。
彼女に訴えていました。
祈りで人が救えないと。
ここでもマリア様の後ろには鮮やかなステンドグラスが輝いていました。
私の足元には心や体が傷つき救いをもとめる人々がいました。
中には私の裾を引っぱり訴える者もいました。
でも私は、ただひたすら嘆いています。
何もできない自分に、祈ることしか出きない自分自身に。
マリア様に、どうしたらいいかと嘆願していました。


しばらくこのような状態でいると、マリア様が金色の鎖で自身のその身を縛りだしました。
鎖にはルビーなどついた豪華な装飾がほどこされていましたが、綺麗というよりは、やっぱりキツイ戒めの鎖にしか思えませんでした。
人々にすがられ、何もできなく、たたずむ私のそばに、私が見つめるマリア様は、天から金の柄をもつルビーの宝玉を飾った剣を落としてくださいました。
そして私にすがる人々を私から退けたのです。
私から離れた人々は長いす椅子へとみな腰掛けました。
私は教会から外に出ました。
空は青く光と緑に満ち、穏やかで平和でした。
これが幸せなのだ、と、修道女の私は思っていました。
自由になり軽やかな気分でした。
この景色をみんなにも見せたいと、教会から皆を連れ出しました。
すごく幸せな気分でした。


すると今度は闇の中に金色の仏像が現れました。
気づくと私は尼で、一心に仏に祈りを捧げていました。
外では戦が起きていると感じました。
一瞬、合戦の怒涛の声を聞きました。
こんなに祈りを捧げているのになぜ戦が起きるのか、なぜ人が切られて死ぬのか、なぜ刀などが世の中にあるのか、と嘆いていました。
わざわざ家を捨て仏門に入ったのに、なにもならない、祈ることだけしかできない、という気持ちが伝わってきました。
川島さんが話すことを進めてくれたので、話してみました。
すると意外な答えが返ってきました。
「戦をするにも意味がある」と。
戦をきらっていても、その起る意味を、この尼さんは承知しているのだと感じました。
世の中には祈る者も必要だ、という意思も感じました。


次に、急に別の前世が見えました。
今の私の前のものでした。
私は猫でした。
祖母に飼われている猫でした。
でも姉が生まれ、私は父に山へと捨てられたのです。
(ここには載せませんでしたが、父と姉、母との思い出も見させていただきました。無意識の私が家族に対してどう思っているのかも知り、ラクになりました)
そういえば、私は子供の頃とてもひなたぼっこが好きで、家にひとりでいるときは陽だまりでいつも寝ていました。
その後また、大いなる存在に会いに行きました。
自分がなぜ仕事をやめてしまうのかを教えてもらうためです。


まず彼女が教えてくれたのは、私の性についてです。
女になるはずが男に生まれてきてしまったと言いました。
でも、「じゃ、女として生活すればいいのか?」という質問には、微笑んで答えてくれませんでした。
「男として生きた方がいいのか?」という質問には、「悲しむ人がいるから、そうするしかない」と答えてくれました。
川島さんが「ユニセックスという性もある」とアドバイスしてくれ、自分は性を意識しないでもよい存在なのだと知りました。


仕事について尋ねると、最初に大いなる存在の彼女がしたように、両方の手のひらを合わせるよう指示されました。
するとまばゆい黄金の光の玉が自分も出せました。
そして、その光の玉を私が誰かに当てたイメージがわきおこりました。
これが、あなたが持っている力だと教えてくれました。
川島さんが「ヒーラー」になるべきか尋ねてみたらというので彼女にきくと、首を横に振りました。
自分を信じてないのでこの力は持っていても使えない、と言 われました。
確かに、その光を生み出した時、自分はこれで本当に人が癒せるのだろうか?と疑った感情が流れてきたのです。


次に見せてくれたのが、光の中でにっこり微笑む、男性とも女性ともわからない今の自分がいました。
目の前にはお年寄りが微笑んでいました。
子供の姿も少し見えました。
大いなる存在の彼女は言いました。
「弱いものは私のことをわかる」、と。隠れても探し出すと 。
私の中で、弱い者のイメージが浮かびました。
肉体のおとろえた老人、精神が未発達の子供、そして私が一番さけたいと思う私を言葉でいじめる人たちです。
私の目から見れば、ただのいじめっ子ですが、相手の立場から見れば、心が病んでいる弱い人たちだと理解できました。


大いなる存在は私に言いました。
「ただ微笑んでいれば良い」と。
「必ず誰かが助けてくれるので、生活を心配することはない 」、と。
仕事に、難しい知識とかも必要ではない、そうです。
人の話をただ聞いてあげて微笑むことだと教えてくれました。
自分が「これでよいの?」と、悩まなくても、相手が癒されているので、それでいいのだそうです。
川島さんもこのことを再度わかりやすく教えてくれました。


その後、川島さんの分析によるアドバイスもいただきました。
私はひとつのことをコツコツやるのが良いようです。
そして自分を恥じず、自分らしく振舞えばよいようです。
あとは無意識の中の子供の自分に怒られた、「だらしない生活」を「メリハリのある生活」へと、改善しようと思います。
いつか自分に自信がもてたなら、またあのまばゆい光の玉を手からだせるのかな?と、期待もしています。
本当に綺麗で、大きくて、すご〜いっの、一言でした。
やすらぐ光でした。
あと、私には「祈る力」があると思うので、他人のために祈ることを続けるとよいよと、川島さんにアドバイスいただきました。
そういえば、「心の底から強く願うものは手に入っていたな 、子供時代は」と、思い出しました。
祈るじゃなくて願うでしたので、ちょこっと力の使い方を間違えていたのかもしれません(笑)


今までを振り返れば、私は責任のある仕事になると逃げていた気がします。
多くの仕事を押し付けられるとストレスを感じていた気がします。
子供の自分がこんなことも言ってくれました。
「することが極端すぎる。やる時は一気にやって、やらないときは何もしないから、おかしくなる。もっと気楽に」と。
なにごとも、バランスが大切なのですね
いい体験をしました。
ありがとうございます、感謝します!の気分です。


…でもヒプノセラピーはくせになりそうです(笑)
悪い意味ではなくて、ちょっとリフレッシュしよ〜みたいな 感じですね
足つぼマッサージとか、エステに行く気分とかに似てるんじゃないでしょうか?
心も磨け〜垢落とせ〜っ、軽くなれ〜、てことでしょうかね?(笑)
日々の生活には、やっぱり爽快感は必要です。
みなさんも、無駄金使うより、ちょこちょこお金を貯めて、数ヶ月に一回とか、お友だち感覚でおしゃべりできる川島さんに会いにいくのも 悪くないかな、と思いますよ
気分が晴れることはやる気にも繋がるはずです。
生活に潤いが戻るなら、女性だと利くか利かないかわからない高級化粧品使うより、セラピーは安いかも?ですね(笑)
老若男女とも、悩める人にはおすすめです。
これから外に出て青空の下、ひなたぼっこしてきたいと思います。
なにせ前世猫ですから(笑)


改めて、自分を見つめます。
私は私の心に従い、外へ出て行き、友だちと遊び、そしてただ一つ仕事を笑顔でしていたいのです。
それができたら、私には最高な人生なのです。
いつも目覚めている甘ちゃん意識の自分に重い腰を動かしてもらうよう、自分で自分を応援したいです。
なにせ、無意識の私はしっかりものですから
でてくる弱さや甘えは気の持ちようで明るいイメージに変換できる!
あとはそうすればいいだけの話です(笑)
自分にふぁいと!
長々と失礼しました。
でもそれだけ感動したのですよ(笑)
では失礼したします
さっさと外遊びに行こう〜と(笑)
みなさんの心に祝福あれ〜、です♪


Copyright(c) 2001-2012 Counsering Kawashima All Rights Reserverd.
  
☆・☆・☆ 川島から一言 ☆・☆・☆

MRさん、体験記ありがとうございました。
私のところには、いろいろな悩みをお持ちの方が遠方よりお越 しくださいます。
ヒプノセラピーや気功ヒーリングなどに触れ、その方の潜在意識からの メッセージを受け取っていただいたら幸いです。
MRさんのように、「自分の本質を受け入れること」・・・ それは言い換えれば、「自分らしく生きること・自分流に生き ていくこと」ということで、よいのではないでしょうか〜 。
どんな自分も否定することなく、受け入れて、そして肯定して いくこと そのようにしていただいたら、未来は明るいと思います。
Copyright(c) 2001-2013 Counsering Kawashima All Rights Reserverd.